いじめで人生終了、うつ病は精神論ではどうにもならない

いじめ 日記
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いじめに遭った人生

いじめに遭った

時々おもうことがあります。

もし、学生時代に「いじめ」にあうことなく生きていくことができたら、と。

加害者やいじめの被害にあったことのない人は

「いつまで昔のことにこだわってるの」

「もう過去のことじゃん」

というでしょう。

けれども当事者の中でいじめの傷が癒えることはありません。

私はいじめにあったことでうつ病や対人恐怖を患いました。

それに自覚したのは大人になってからでしたが気付いたところで挽回できるものでもありませんでした。

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人は人との出会いで成長する

人の人生は誰と出会うかで大きく変わるといっても過言ではないと思います。

ただ、一度対人恐怖に陥ってしまうと出会いを活かすことができません。

人に恐怖を感じてしまうことがその人と親密になることを防いでしまうのです。

人に対して恐怖を感じるのでどんどん人と会うことが億劫になりますし、相手としても挙動不審な人の相手はしたくないでしょう。

いじめに遭って人生が壊れるということは人との出会いを失ってしまうことが大きな要因になると考えています。

引きこもりは心に成長とまる
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うつ病や対人恐怖は精神論ではどうにもならない

中学校でいじめにあってからうつ病の症状があり、それを自覚できず治療もせず放置していました。

なので当然高校時代は非常につらいものでしたし、その後の就職もうまくはいきませんでした。

自分自身、精神論や根性論で乗り越えられるものと思っていました。

直接打撃性の空手を数年通い、ベンチプレス100kgを挙げられるようになりました。

家が貧乏だったので独力で大学院までいきました。

けれども結局長期的に働くということ、うつ病や対人恐怖の症状を乗り越えることはできませんでした。

それは当然です。

病気は治療するもので、障がいは折り合いをつけて付き合っていくものだからです。

うつ病は精神論じゃ治らない

当事者の私ですらそう思えるのに10年以上かかりました。

なので外野である人間には理解不能である、ということは当然のことなのかもれません。

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